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団結道場

1953年(昭和28年)4月3日、米民政府は「土地収用令」を交付して、沖縄県下で農民の土地を接収した。

島では真謝、西崎区に始まり、1955年3月11日から米軍はブルドーザーで住宅を壊し、農作物を焼き払った。離島のために支援も得られず、また、軍用地問題で戦っていた沖縄人民党が弾圧され、瀬長亀次郎ら指導者は刑務所に投獄されていた。島民は『乞食行進」を行い、全県を歩き世論に訴えた。

 

この間、100人余の逮捕者がでた。伊江島の戦いは、「土地を守る四原則」(一括払い反対、適正補償、損害補償、新規接収反対)を貫く〝島ぐるみ”の闘争の導火線となった。土地接収、米軍演習の中で、多くの犠牲者を出す苦しみを乗り越え、1961年(昭和36年)に「伊江島の土地を守る会」を結成するとともに「団結道場」を真謝に建設し、戦いを引き継ぐ多くの青年を教育してきた。

 

(伊江村教育委員会資料より)

 

 

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